佐賀城の西「与賀神社」界隈の街並みがレトロでとっても素敵なんです

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佐賀城の西側にある与賀神社界隈の雰囲気もいいですよね。

佐賀神社の西側にある与賀町の与賀神社周辺は、とってもレトロな雰囲気を残した素敵な街並みなんです。ここはかつて龍造寺の本城であった龍造寺城(村中城)に隣接していた地域で、少弐氏の与賀城が築かれるなど古くから武家町として栄えていました。また、地域内にある水路(クリーク)は、江戸時代の城下町そのままの場所を流れているそうです。

場所は佐賀県庁の前の通り「国道264号線」を西へ。

与賀神社1

少し歩くと、辻の堂交差点があります。この角にある「島薬局」の建物。和風建築に円筒形の欧風建築をくっ付けたような、一度見たら忘れないモダンな建物。まさに和洋折衷。昭和12年の建築だそうです。小さなガラスが沢山はめられた窓、素敵ですよね時代を感じます。

与賀神社2

島薬局の建物が素敵な辻の堂交差点を曲がり南へ。綺麗に整備されたクリークが続きます。

与賀神社2

島薬局の建物を裏側から見たらこんな感じ。純和風建築と、モダンな建物のハイブリッド。迫力あります。

与賀神社4

お寺がありました「光照寺」です。

与賀神社5

産婦人科の建物。駐車されているワーゲンビートルがグッド、レトロな雰囲気の演出に一役買ってます。

与賀神社6

そして見えてきたのが「与賀神社」。与賀町最大の見どころ、室町時代に建てられた楼門が残る神社です。

与賀神社7

神社にかかる橋が時代を感じさせますねぇ。この橋は国の重要文化財、1606年にかけられたものです。1606年と言えば江戸城の本丸御殿が完成した年。徳川家康の時代、豊臣秀頼も大阪城で存命です。そんな頃からここにあったんですね。

与賀神社8

正面の鳥居も古いもので、1603年に鍋島直茂夫人藤女によって建納されたもの。こちらも橋と合わせて国の重要文化財。関ヶ原の合戦から3年後、1603年は徳川家康が征夷大将軍に任ぜられた年です。

与賀神社9

ここで、後ろを振り返ってみると素敵な建物が建ってるんですよ。これ公文式の教室なんです。和風の洋館とでも言いましょうか、築年は不明ですが大正か昭和初期、戦前の建物じゃないかとおもわれます。

こんな教室なら通うのが楽しくなりそうですよね。

与賀神社10

鳥居をくぐると正面に朱色の楼門、室町時代に建てられたという県内で一番古い楼門です。当然ながら国の重要文化財。

とりわけ豪華だとか目立ったところは無いのですが、歴史を重ねた建物が持つ迫力が凄い。龍造寺隆信や鍋島直茂もこの楼門をくぐったんでしょう。そんな場所に自分がいる・・・妄想が膨らみます。

与賀神社11

楼門の解説板がありました。

与賀神社12

楼門をくぐりながら上を見上げてみました。飾り気は無く武骨でしっかりした造りに見えます。

与賀神社13

楼門をくぐると正面に拝殿があります。神殿と拝殿は1758年に造営されたもの。

与賀神社14

神社の中から楼門を撮影。楼門の先、真っ直ぐ西へと続く道、江戸時代の町割りそのままに続く通りです。この道を室町から江戸時代の人たちも同じように歩いて鳥居をくぐり、楼門を経て神社にお参りしたんです。

神社境内から先ほどのレトロな洋館、公文の教室をみると・・・いい風景ですねぇ。

与賀神社16

境内を歩いていると、かわいらしい肥前狛犬がありました。この少し抜けた様な愛嬌のある顔、大胆にデフォルメされた狛犬。て、手抜きじゃないですよ・・・たぶん。

与賀神社17

神殿の南北には挟むように巨大な楠が植えられています。

与賀神社18

与賀神社の大楠、樹齢はおよそ1400年。とにかく佐賀には古い楠がたくさんあります。もう数百年くらいじゃ驚きませんが、千年越えは存在感が違います。

与賀神社19

こちらは少弐神社。大内氏との戦いに敗れて大宰府を追われた少弐政資(しょうにすけまさ)は、佐賀の与賀町に城を築いて本拠地とし、城下町佐賀の基礎を作った人物。その際、ここ与賀神社を与賀城鬼門の守りとして整備し、現在残る朱色の楼門はこの時のものだと言われています。

少弐政資は応仁の乱において周防山口の大内氏が西軍につくと、東軍の細川氏に接近し大内氏と対立。応仁の乱終了後も九州北部の覇権をかけて大内氏と争うも、大宰府を追われ肥前佐賀の与賀町へ落ちてきました。しかし、執拗な追撃を受けて肥前国人衆にも背かれ、最後は多久で自刃します。

 

与賀神社20

与賀神社拝殿と神殿。

与賀神社21

拝殿の上に書かれた与賀神社の略記。御祭神は与止日女、大和町の川上にある与止日女神社と同じです。創建は564年。

与賀神社22

そして佐賀と言えば恵比寿様。境内に恵比寿神社もありました。ここで十日えびす大祭が行われます。

与賀神社25

良い所ですねぇ与賀神社。参拝を終えて、再びあの橋を渡って隣のお寺へ。

与賀神社26

すっかり今風の建物になっていますが、お寺の名前は「延命院」。明治初期に起きた士族の反乱「佐賀の乱」の首謀者の一人「江藤新平」率いる征韓党の本拠地となったお寺です。

与賀神社27

まさかこんなところで佐賀の乱に所縁のあるお寺に出会うとは思いませんでした。歴史的な出来事にちなんだ場所が、こうやって残っているのが佐賀の魅力。この敷地内で江藤新平たちが活動していたんです。同じ場所に立つことができるなんて感動してしまいます。

この延命院から更に南へ、水路が美しい道を歩いて行きます。写真奥に見えるお寺の大きな屋根は「龍奏寺」、与賀城があった場所。

与賀神社28

先へ歩いて行くと佐賀市与賀町から赤松町へと地名が変わります。この界隈は本当に水路が綺麗、江戸時代の城下町時代そのままに残ると言われている水路です。

与賀神社29

ここは公園のようになっていますね。

与賀神社30

街中を流れる水路、奥に見える日本家屋も素敵ですよ。

与賀神社31

どうですか、この街並み。とってもレトロ、歴史を感じる事が出来る素敵な場所です。佐賀には何もないという人が居ますが、少なくとも歴史を楽しむ場所は沢山あります。

このまま歩いて行けば与賀城跡に建つ龍泰寺。とても素敵な場所で、歴史を感じる事が出来るのですが・・・それはまたの機会に。

「与賀神社」

MAP:佐賀市与賀町2−50(与賀神社)⇒ Googleマップへ



 

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コウテツタクヤ編集長

投稿者プロフィール

非正規社員で非正規農家、非正規ウェブメディアの自称編集長と、もはや存在自体が非正規じゃないかと心配しながら暮らす”負け犬”ダメ中年。
起業に3回失敗しながら、全く懲りない永遠のチャレンジャー。

いつの日か、負け犬からハイエナに進化できる日を夢見ています。

大阪で生まれ、兵庫のベッドタウンで育ち、航空自衛隊に7年間勤務したのち就職。転勤族として全国を転々としながら時どき起業して失敗。その都度転職を繰り返し、気が付いたら福岡の片隅に流れ着いておりました。

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