佐賀伊万里焼の里「大川内山の御用登窯跡」はココだ!金仙窯で資料館になってます。

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佐賀鍋島藩の公用窯、伊万里焼の最高級品「鍋島焼」を焼いた御用窯跡を探せ!

鍋島焼を焼いていた「御用窯跡はどこよ?」ということで、標識も無く、観光マップと資料館の地図だけを頼りに探してきました。

伊万里焼の中でも大川内山は佐賀鍋島藩の御用窯として、最高級の伊万里焼「鍋島焼」を作るための秘窯。技術流出を防ぐために藩の厳重な監視の元、優れた作品を数多く生み出してきました。

そんな佐賀伊万里の「大川内山」で、ふと気になる場所を見つけました。きっかけは現地で配られている観光マップ。そこには、登窯跡とだけ記された場所があります。

大川内山登窯跡1

調べてみると、伊万里市の公式サイトにこのような記載があるんです。

御用窯跡は5回にわたる発掘調査が行われ、現在,最終操業時の窯壁(ようへき)などが残っています。規模は水平全長で約137メートル、焼成室は27~30室と推定され、構造は階段状連房式登窯(かいだんじょうれんぼうしきのぼりがま)です。

おぉ、伊万里焼の最高級品、鍋島焼を焼いた窯の跡が残っているのかよ!と嬉しくなって、スマホを使って更に調べてみるも…場所も写真も全く資料が見つかりません。う~む、このマップが差している登窯跡というのが怪しいけど「どうなんだろう?」と考えながら、大川内山入口にある伊万里・有田焼伝統産業会館で何かないか探してみると。

こんな地図がありました!とにかく見にくい地図ですが、目を凝らしてじっくり見てみると…ほほぉ~、実に興味深い。ここに記された御用窯あとの位置が、観光マップの場所とほぼ一致するんですよね。これはもしかすると、もしかしますよ。

ただね、観光客の立場から言わせていただくと、客に見せるんなら分かり易い地図使おうよ。普通の地図に少し書き込めばいい話です、手作りでも文句は言いませんから。

「やるなら相手の立場に立って考えましょう」観光も客商売ですからね、基本中の基本です。少しは気を遣って見せる相手が理解しやすいように、出来る範囲で一手間かけて欲しかったですね。

大川内山登窯跡2

とにかく、こんな情報を知ってしまったら行かないという選択肢はありません。情報は少なくても行ってみれば何とかなるさ!

ということでいつものココからスタート、伊万里鍋島焼会館です。

岳神社1

途中までは前回紹介した「権現岳神社」へ向かうのと同じ。

観光のメインストリートの坂を進んでいきます。

岳神社2

そして、目印ともいえる「せいら」前の交差点。

岳神社3

この目立つ煙突を目印に、右へ曲がると鍋島藩窯坂という窯元の直売所が建ち並ぶ観光ストリート。

岳神社4

登窯跡へはここを曲がらずに権現神社坂方面へ直進。

岳神社5

観光ストリートとは異なり、山里の集落を真っ直ぐに坂を上っていきます。

岳神社6

するとこんな標識が出てくるので、標識に従って右へ。

大川内山登窯跡3

狭い急坂を道なりに進んでいきます。

大川内山登窯跡4

途中で向かって左にある民家へと続く道がありますが、そのまま道なりに直進。すると、少し開けた場所に出ます。

大川内山登窯跡5

ここから、大川内山を見下ろす事が出来ます。全体を見渡すという訳にはいきませんが、なかなか良い眺めですね~。

大川内山登窯跡6

この場所から左へ、金仙窯さんの方へ曲がります。

大川内山登窯跡7

伊万里焼の由来が書かれた看板があります、フムフム、実はココが御用窯だったようです。意外とアッサリ見つかりました。この場所は大川内山にとって重要な遺構だと思うのですが、なんで観光マップや公式サイトでアナウンスしてないんでしょう?まさにここが総本山なのですから、せめて道中に「御用窯跡」という標識くらい付けても良いでしょうに。

大川内山登窯跡8

下の写真右手に見える建物の場所、ここがまさに御用窯跡。中は資料館になっていて実際に御用窯の一部が残っているようなのですが、誰もいません。残念!

ここで将軍家や大名家なんかに献上するための特別品、最上級の伊万里鍋島焼が焼かれていたんですね。焼物の事は何も知りませんが、なんか感動してしまいます。今は静かな場所ですが、全盛期には多くの職人さんで賑わっていたんでしょう。

資料館への入館料は500円と書かれていました。

大川内山登窯跡9

この資料館内部の写真を紹介しているサイトがあったので紹介しておきます。かなりガッツリと遺構が保存されているようで、見たかったな~。

フォートラベルJP「「秘窯の里」-2」

そういえば、伝統産業会館にあった地図によると、もっと奥まで御用窯は続いていたように書かれていますよね。なんせ全長平面で137メートルですから。なら、この先にも、遺構が残っているのでは?と淡い期待を抱いて更に奥へと進んでみます。

大川内山登窯跡10

あの建物だけだと2、30メートルくらいじゃないでしょうか。ならば、この辺りも窯が続いていたと思うんですよね。御用窯は33間(基)あって十一から十三が藩窯、その他は民生用の焼き物を焼いていたそうです。ということは、この辺りに民間で使った窯が続いていても不思議じゃないですよ。

という事で奥へと進み山の中へ。私が歩いている場所は登窯の横にある通路のようになっていて、少し右を見ると人為的に段が付けられているのが分かります。

大川内山登窯跡11

少し位置をずらしてパシャリ。やっぱ段々になってますよね、脇には段のない上り坂。登窯っぽくないですか?

大川内山登窯跡17

よく見ると、石積みで段が付けられています。

大川内山登窯跡12

石積みのアップがこちら。怪しい、怪しすぎる。素人の私では判断できませんが、やっぱ何かの施設があったように見えますよね。

大川内山登窯跡13

足元には壊れた磁器が沢山おちています、やっぱり怪しい。

大川内山登窯跡14

一番奥までやってきました、なんとなく厳かな雰囲気。

大川内山登窯跡15

水が湧き出ている?近くに配管があるので水道なのか湧水なのか、とにかくここに水が流れていました。

大川内山登窯跡16

そういえば、大川内山の観光マップには数多くの窯元が書かれていますが、金仙窯は名前すら書かれてないんですよね。さらに、ここへ来るきっかけとなった「登窯跡」の文字は明らかに建物の奥、この場所に書かれています。

う~ん、もっと詳しい資料なりが欲しいですね。資料館を見れなかったのが痛い、金仙窯さんならイロイロと教えて頂けそうだっただけに残念です。

ということで今回の探検はここまで、次回は大川内山のメインストリートを中心に紹介する予定です。

「伊万里大川内山 御用窯跡」

MAP:佐賀県伊万里市大川内町乙1893 Googleマップへ


 

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コウテツタクヤ編集長

投稿者プロフィール

非正規社員で非正規農家、非正規ウェブメディアの自称編集長と、もはや存在自体が非正規じゃないかと心配しながら暮らす”負け犬”ダメ中年。
起業に3回失敗しながら、全く懲りない永遠のチャレンジャー。

いつの日か、負け犬からハイエナに進化できる日を夢見ています。

大阪で生まれ、兵庫のベッドタウンで育ち、航空自衛隊に7年間勤務したのち就職。転勤族として全国を転々としながら時どき起業して失敗。その都度転職を繰り返し、気が付いたら福岡の片隅に流れ着いておりました。

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